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北星学園生協をめぐる、のほほんなブログ。旬の生協情報、極私的情報もお届けします。




2016年5月4日水曜日

三笠話再び

大原です、おはようございます。

今朝の厚別は朝から弱い雨が降っています。


今日は昨日のエントリでは紹介しきれなかった話題です。

三笠訪問にはふたつの目的がありました。
ひとつは昨日紹介したふたつの施設巡り。
そしてもうひとつは「炭鉱(ヤマ)の記憶」巡り。

昨年、歌志内市のまちづくりをお手伝いしたことから急に身近に感じられるようになった旧産炭地。
何冊か本を読んだりWEBで情報を収集してみると、50年も前に閉山した施設が今でも残っていることを知りました。
そこで昨年も、美唄の炭鉱跡地を訪問したり、夕張を訪問したりしました。

今回は三笠市ということで、参考にしている本(北海道新聞空知「炭鉱」取材班編『そらち炭鉱遺産散歩』共同文化社、2003年)を頼りに、4個所を訪問しました。

それぞれの場所には、案内板が設置され、写真が数枚転写されて解説されています。
静けさが漂う中で写真を見ながら、往時の賑やかさに思いを馳せていました。

まずは、住友奔別(ぽんべつ)炭鉱立て坑やぐら。1971(昭和46)年閉山。高さ51メートルは現存する中で日本一。

赤さび(?)が湧き出る水に流されてました。

間近で見ると高さが実感できます。

立て坑の近くにあったマンホール(炭鉱とは無関係ですが)。

奔別炭鉱立て坑の近くには幾春別神社がありました。
ここは小高い丘の上にあり、社殿まで登って眺めると、木々の間から幾春別地区が見渡せます。

立派です。

急な階段をあがると地区が一望できます。

境内の桜は満開でした。

3個所目は北炭幌内炭鉱入気立て坑やぐら。入気は「にゅうき」と読むのでしょうか。
現在は民間会社敷地内にあり、道路から眺めました。

歴史を感じます。

最後は札幌に戻るためにIC付近に移動して立ち寄った幌内線萱野駅。幌内線は1882年開通し1987年に廃線。
小樽港まで石炭を運ぶために敷設されたのが幌内線で道内最古の路線だとか。


現在はライダーハウスになっているようです。

ありがちの風景写真ですが。

このほかにも、ところどころで「炭鉱(ヤマ)の記憶」をたぐることができる場所も眺めながら、自動車を走らせました。

では今日も元気にいきましょう。

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